陶彦神社の狛犬作者 加藤定山

2016/04/10
元瀬戸市歴史民俗資料館長 山川一年

 深川神社の境内社に陶祖藤四郎を祀る陶彦神社がある。深川神社の本殿が改築遷座された文政七(1824)年に諏訪の名匠立川和四郎が本殿に引き続いて創建した摂社である。

 陶彦社はその100年後の大正15(1926)年に社殿を建替えている。設計者は名古屋の堂宮大工伊藤平左衛門の次男伊藤平二で、宮内省に勤め正倉院の建物の保存修理にも関わったという。陶彦社の建築意匠はその当時活躍した京都府技師の亀岡末吉の華麗な彫刻意匠が取り入れられ「亀岡式」と呼ばれ称賛されたという。(「陶彦社の造形美」望月義伸)

 陶彦社拝殿正面に阿吽一対の陶製狛犬(陶製台座とも高さ90センチ・幅63センチ)が石積み基壇の上に鎮座する。

 さらに内陣にはそれよりやや小型(台座とも高さ50センチ・幅40センチ)の狛犬一対も鎮座している。

 これらの狛犬を制作したのが加藤定山氏であった。

●加藤定山プロフィール

 定山という名は、遠祖加藤宗右衛門春永(天文年中の人)より始まる定助窯を伝承し、八代目正実より定山として襲名。

 明治30年9月25日瀬戸市仲切町に生まれ(本名正実)、陶家の期待を担って愛知県立窯業学校に学び、窯業技術者・陶彫作家としての道を歩む。大正15年に瀬戸市陶彦神社の狛犬を制作。昭和5年には時の首相浜口雄幸閣下に陶製ライオンを献じ官邸を飾って、陶芸界の話題をさらった。

 また、昭和42年には科学技術庁長官賞を受賞。昭和48年1月29日に没す。陶業界に数々の栄誉と功績を残した定山であるが、75年の生涯を土と共に生き、「自身で納得のゆく自分の仕事をしたい」とその姿勢は常に誠実で謙虚であった。(「加藤定山生誕100年記念展」)

 平成9年9月に「加藤定山生誕100年記念陶芸作品展&コンサート」が加藤定山を偲ぶ会によって開催された。陶芸作品展は瀬戸信用金庫ギャラリーに各種茶碗類や香合・花瓶、それに狛犬など各種の置物合わせて60点余が陳列された。作品展を企画した偲ぶ会の山口誠治会長は「加藤定山氏の記録を拝見させてもらいましたが、氏の陶芸に対する熱意が素人の私にも伝わってきます。陶芸に対する瀬戸地域への貢献はゆうにおよばず、瀬戸地域以外での貢献も素晴らしいものがあります。この陶芸作品展を見に来られた方々がこれからの陶芸の発展に少しでも役に立てていただければ幸いだと思います」と挨拶された。

 後に、瀬戸市の無形文化財保持者に認定された鈴木八郎氏からは「定山先生は昭和初期に渡満され、色々な方面で活躍され地位も高く有名な方であられた様です。私が昭和19年に旧満州に渡り下九台の満州陶器に勤めた頃、吉林の陶磁器試験場の場長であられました。その頃新京で国展があり私も出品しました。その時の審査委員長が定山先生であったと記憶しております」と思い出を寄せられていました。

 この作品展に少しだけ関わらせていただいた私も、ご家族や関係者の方々にお会いして改めて瀬戸の偉大な先覚者を認識したのである。

 陶祖を鎮護して一世紀、定山作狛犬も細かく観察すると何時の事故か亀裂が入ったり、足首の骨折が認められるものもあり、早く復元補修されることを望むものである。

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