超絶技巧の再発見

2013/05/01
(社)日本写真家協会会員 若林純

〜深川神社本殿の彫刻の撮影を通し〜

 深川神社の拝殿の屋根は緑青色の陶製瓦で葺かれています。本殿は彩色されていない素木の彫刻があり、本殿横の宝物館には鎌倉時代の陶製の狛犬が鎮座しています。深川神社には、土と炎で創りだされた芸術と木から彫りだされた芸術を鑑賞することができます。

 深川神社本殿の彫刻の撮影をさせていただいたのは、平成25年2月でした。平成24年1月に「寺社の装飾彫刻」という写真集を出版し、好評のため地方版を出して行くことになり、12月に関東版を出版。平成25年4月に中部版のための撮影でした。

 寺社の装飾彫刻(以後、寺社彫刻)の撮影を始めたのは、平成18年ある雑誌の取材で長野県の諏訪大社秋宮の社殿を撮影して、拝殿に施されている獅子の彫刻を望遠レンズでファインダーの中に見た瞬間、その素晴らしさ、力強さ、精緻さに一目で魅了されてしまいました。それ以降寺社彫刻のことを調べ、時間があれば取材先の周辺の寺社彫刻を撮り出しました。約6年間で700弱の社寺の装飾彫刻を撮影しました。

諏訪大社下社秋宮拝殿の親子獅子

諏訪大社下社秋宮拝殿の親子獅子 安永9年(1780)立川和四郎富棟 作

 平成24年の出版の前に、平成20年12月9日朝日新聞夕刊の美に出会うというコーナーに「社寺彫刻多彩な超絶技巧の世界、極彩色ありデフォルメあり」という記事で取り上げてもらいました。この時は北海道から山口県まで約350ヶ所3万カット撮影と紹介してもらっています。この記事を書いてくれたT記者は当時文化部の編集委員で、東京芸大の彫刻を卒業し文化部記者と同時に、日大芸術学部美術学科の彫刻の講師をするなど彫刻の専門家でした。最初寺社彫刻の写真のファイルを見てもらった時、「今まで気がつかなかったがいいものだ。」と言ってくれ、いつか記事にするから専門家の話が聞きたいと言われました。

 撮影を始めた当初も専門書などを探したのですが、唯一INAX出版が1986年に出版した「大工彫刻」という本があり、他は長野立川流、大隅流、新潟の石川雲蝶、房総の波の伊八など、個々の彫師を取り上げた本がだいぶ前に出版されていました。T記者と大工彫刻に執筆された数人の先生のお話をお伺いしたところ、建築史の中の一部として研究したことで、今は他のテーマを研究していて、自分は大工彫刻の専門家ではないとのことでした。T記者の芸大の恩師の先生も、美術史のほうからも研究している者は誰もおらず、「君が研究すればいいだろう」といわれたと言っていました。

 建築史、美術史から取り残され、忘れ去られた感のある寺社彫刻ですが、このようになった要因は様々あると考えられます。しかし徐々に再発見、再評価の機運は高まっています。特に平成24年7月、埼玉県熊谷市の歓喜院聖天堂が重要文化財から国宝になったことが大きいと思います。江戸時代中期に建立され権現造りの社殿(寺院ではあるが神社建築様式)には彩色彫刻が奥殿などは全面に施されていて、時代経過とともにほとんど彩色が剥離していたものを、7年かけ建立当初の彩色を復元したのが平成23年。国宝指定の大きな理由が、「江戸時代に発展した多様な建築装飾技法がおしみなく注がれた華麗な建物であり、技術的な頂点の一つをなしている。このような建物が庶民信仰 によって実現したことは、宗教建築における装飾文化の普及の過程を示しており、我が国の文化史上、高い価値を有している。」 というものでした。

 文化財の中では江戸時代中期は、新しい時代に考えられていて、江戸時代に興隆した寺社彫刻の素晴らしさという理由で国宝指定というのは画期的なことです。大工彫刻という職人仕事という見方もあり、さらに昭和の初めナチスによって国を追われ日本に来た建築家ブルーノ・タウトが著した「日本の美の再発見」という本の中で、桂離宮、伊勢神宮の簡素な美を最大限に称賛し、一方装飾過多の日光東照宮はキッチュ、建築の堕落とまで酷評しました。それが昭和を通し、寺社彫刻に対する風評被害的に根強く影響してきましたが、平成になってようやく寺社彫刻の超絶技巧が「再発見」されつつあります。

 今後も写真を通し、「寺社彫刻の超絶技巧の再発見」をしていこうと思っています。4月末には深川神社本殿彫刻を掲載した「寺社の装飾彫刻・中部編」を日貿出版から出版しました。今後は近畿編、西日本編、北陸東北北海道編と制作の予定です。6月末からは千葉県いすみ市の田園美術館で「房総の社寺彫刻」(仮題)、8月半ばからは長野県池田町北アルプス展望美術館で「信濃の匠」(仮題)の写真展を行う予定です。また長野では立川流と大隅流に関する書籍、千葉では秋には波の伊八の書籍が出版されるとも聞いています。こちらは若林の撮影では無いのですが、各地で様々な動きが出てきています。

 深川神社本殿の彫刻の素晴らしさを再認識することによって、社殿への親しみ愛着が深まることと思います。そして深川神社本殿彫刻を含めた全国の寺社彫刻の「超絶技巧を再発見」することにより、寺社彫刻は日本の木の文化、芸術のひとつであり、世界に誇る日本文化のひとつであることを再認識し、後世にしっかりと伝え残さねばならないものだと思います。

深川神社本殿の彫刻 文政6年(1823)立川和四郎富昌 作

唐破風下・宝尽し

(1) 唐破風下・宝尽し

向拝虹梁上、脇障子・鶴亀、松竹梅

(2)向拝虹梁上、脇障子・鶴亀、松竹梅                        (3)          (4)

向拝木鼻・獅子

(5)向拝木鼻・獅子       (6)身舎蟇股・カワセミ

海老虹梁・昇り龍、降り龍

(7)海老虹梁・昇り龍、降り龍                  (8)

扉脇・鯉の滝登り

(9)扉脇・鯉の滝登り                     (10)

(1)(4)(9)寺社の装飾彫刻・中部編 掲載写真

※若林純 著書
謎の探検家 菅野力男 http://tankenka.j-wak.com 
(2010年5月、青弓社から「謎の探検家 菅野力男」出版)
堂宮彫刻写真美術館  http://doumiya-cp.com
(2011年8月、平凡社から「歓喜院聖天堂・彫刻と彩色の美」出版)
(2012年1月、日貿出版から「寺社の装飾彫刻」出版)
(2012年12月、日貿出版から「寺社の装飾彫刻・関東編」出版)

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