陶彦社(すえひこしゃ)の造形美

2013/01/01 
伊藤平左エ門建築事務所 望月義伸

 藤四郎 春慶翁とも呼ばれ、その伝記にも諸説ある。瀬戸公園にある陶祖春慶翁之碑(慶長2年1866)によると、宋にて焼物を学び帰国したが、良土が見つからず、ついに山田郡瀬戸村の祖母壊の地にて良土を得て陶業を開いた。更には深川神社との関連を伝えるものに、他徒云(他の人の説)として、祖母壊は陶祖が深川大神に祈り、夢によって知らさて発見したものと伝えている。また、神宝の狛犬(重要文化財)は藤四郎作とも伝える。

 社殿の脇に由緒を記す石碑がある。碑文には祭神名と文政7年(1824)10月に鎮座、明治39年(1906)11月に正五位を追贈、大正15年(1926)4月に本殿・渡殿・拝殿・礼拝所・土塀・玉垣を改築し遷座とあり、背面には碑が昭和3年1月建立、社司 二宮武、設計士 伊藤平二、石工 神野三次郎とある。

陶彦社本殿

【写真】=陶彦社本殿

 深川神社の本殿は、文政6年(1823)に上棟の記録が残ることから、陶彦社も同時期に造営され御遷座されたことが判る。遷座時の宮司は二宮守富であるが、先の宮司 二宮守恒(文政4年没)が陶彦社の建立奉祭に深く関わったと考えられる。守恒は磁祖 加藤民吉(1778〜1824)の記録である「染付焼起原」を文化元年に著し、それと同時期に陶祖 藤四郎の伝記である「陶器伝記」を再著している。時は文化文政の町人文化の隆盛期、藤四郎の伝記が整ったことも手伝って、瀬戸の人々が陶祖の末裔であることに誇りもって藤四郎を祭祀したことがうかがわれる。文化9年(1826)には磁祖として民吉も窯神神社に合祀される。

 鎮座してより約100年後の大正15年、陶彦社の社殿すべてを建替えて御遷座した。建設中には窯神神社が放火で全焼するハプニングがあり、陶彦社の旧の社を移築したそうである。火事を伝える当時の新聞記事には陶彦社の工事費は4万円で着手したとある。

 現在の社殿は建設から90年近く経て、修復工事(平成14年竣工)で屋根等の保存修理を経て、正面の礼拝所が建替えられた以外は、建設当時の姿を今によくとどめている。見ところは、明治から大正にかけて完成された斬新で洗練された意匠の建築美にある。とくに蟇又(*1)などの細部意匠は日本建築に西洋文化を取り入れ、明治末から大正にかけて昇華した秀でた意匠が見られる。また、建築材には木曽檜の良材が使われている。本殿の正面に見える虹梁(*2)などには彫刻の彫りに木目を見事にあわせるなど、意匠と彫刻などの技術だけでなく、使った材も厳選されている。

蟇又(かえるまた)

【写真】=蟇又

 設計者の伊藤平二は名古屋の堂宮大工である9代目 伊藤平左衛門(守道1829〜1913)の次男として生まれ、宮内省に勤め、正倉院の建物の保存修理などを手掛け、退職後は名古屋にて建築設計に携わる(*3)。

 陶彦社の建築意匠には、明治末から大正にかけ活躍した京都府技師の亀岡末吉(1865〜1922)(*4)の建築意匠の影響が見られる。古社寺の意匠をもとに華麗な意匠を施した建築家で、その彫刻意匠は「亀岡式」とも呼ばれ称賛された。
 
  社殿の設計に伊藤平二がこのような意匠を取り入れたかの経緯は定かではない。糸口として、伊藤平二は明治22年の東本願寺大師堂の上棟式・造作起工式に糸引役(*5)を務めるなど、東本願寺造営を見て育った。一方、亀岡末吉は明治42年に起工する東本願寺勅使門と白書院、黒書院の設計に携わっていることから、なんらかの接点が有ったかもしれない。また、黒書院の彫刻が名古屋で製作されたらしいことから、陶彦社の彫刻も「亀岡式」の経験のある彫師が携わったことも考えられる。
 
  深川神社本殿は江戸時代の彫物の名工である立川流の建物であり、陶彦社は伝統の基調に近代の幕開けである明治、大正の息吹を形として昇華した意匠の社殿である。深川神社の本殿では秋の例大祭が、陶彦社では春に大祭があるのも、建立した時代とも合っているように感じる。

 このような時代ごとに卓越した意匠の建物が神社にあることは、瀬戸の人々が陶芸をとうして育まれた審美眼と豊かさによるものではないか。今日も社では神宝の狛犬が、神と瀬戸の暮しを守護している。

*1 蟇又(かえるまた)=社寺建築で上部の桁などの横木の間にあり、斗の下に下方に広げた曲線の輪郭を持ち彫刻が多い部材蛙が足を広げた様に似る
*2 虹梁(こうりょう)=柱を繋ぐ梁のうち、上方の弓なりに反った形にしたもの下部には眉と呼ぶ切り欠きを通し、彫刻を施すことが多い
*3 伊藤平二の経歴は12代伊藤平左衛門氏より聞いた内容であり、検証されたものではありません
*4 亀岡末吉は修理技師として古社寺修復工事に携わり、設計では東本願寺 勅使門・白書院、黒書院、仁和寺霊明殿・宸殿 などを手掛ける。
*5 糸引役=建築の工匠儀式で「釿始祭」での「墨打の儀」で墨打する糸を渡す役 棟梁の子などの稚児がおこなう。

(参考資料)
加藤庄三(昭和57年)『民吉街道』(東峰書房)
亀岡末吉(大正9年)『亀岡図集』(須原屋書店)
川島智生(平成23年)『岩崎平太郎の仕事』(淡交社)
真宗大谷派本廟維持財団(昭和53年)『明治造営百年 東本願寺』(厳南堂書店)

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