「世界の磁都」景徳鎮市との関わりについて

2012/10/01 
景徳鎮陶磁学院客員教授/愛知県立窯業高等技術専門校元訓練課長 二十歩(にじゅうぶ)文雄

 1996年に瀬戸市と景徳鎮市は過去の幾多の変遷を経て友好都市として締結をいたしました。その後の交流活動として、互いの首長の交流。 瀬戸市側としては市民団体、業界代表などが景徳鎮市を訪問。景徳鎮市側からは毎年のように景徳鎮市の中学生が訪日して、瀬戸市内の中学生と交流。私が二年に一度実施推進させて頂いている、景徳鎮陶磁学院の学生と教職員を引率しての訪日研修旅行で瀬戸市長表敬訪問や市内観光を通じて交流をしています。

景徳鎮陶磁学院老校舎正門前での筆者

【写真】=景徳鎮陶磁学院老校舎正門前での筆者

 景徳鎮市は公称人口157万人。そのうち20パーセントが陶磁器関係者と言われております。1千年以上に及ぶ陶磁器の歴史を連綿と継承しています。その淵源は遠く唐代とも言われています。北宋時代の景徳年間に「昌南鎮」から「景徳鎮」と改称されました。その後の歴代皇帝の庇護の下で皇室専用の「御窯・御窯廠(ぎょきしょう)」を設置して幾多の優品が焼造されてきました。宋代には「影青(いんちん)」明・清代には「青花(ちんふぁ)・粉彩(ふんさい)」が大量に生産されて世界の磁都として面目躍如の役割を担ってきました。

市内の古い御窯廠

【写真】=市内の古い御窯廠

 先の大戦の影響で衰退期もありましたが、その後は中国をあげての指導・応援にて往時の復活を遂げました。近年は街の中心に存在した国営工場は環境や立地条件の推移で景徳鎮空港の近くの工業区が設置されました。大企業の大半は、その地域で操業しています。かつての国営企業の工場群は小工場や陶房・ギャラリーとして民間に払い下げられて盛業をなしています。互いに競い合って作品・製品を創って百花繚乱の姿をなしています。かつての日本陶芸や陶業界の勢いある姿を彷彿とさせています。近年の中国経済上昇に伴い陶芸・陶業界は発展の一途です。

市内の高層マンション

【写真】=市内の高層マンション

 私の勤める景徳鎮陶磁学院は学部生1万7千人、大学院生2百人。留学生は世界各地から年間80余人です。教授は2百余人。参考までに私の教員番号は「1千76番」です。教員だけで1千人の陣容で運営されています。陶芸・陶磁器デザイン・彫塑専攻の学生の入学倍率は8倍とか。美術学部はかなりの難関です。国立大学でもあります。

陶芸専攻3年生の授業風景

【写真】=陶芸専攻3年生の授業風景

 因みに現在の中国では私立大学も多く存在します。4年生の学生に将来を尋ねますと「自由陶芸家」になると言う人が80パーセント存在します。現実に卒業後3年後ぐらいで起業して、日本で言う「陶芸作家」として自立していきます。それは、中国経済の上昇と古来から景徳鎮の特質としての分業体制に起因しています。職人集団が今だに多く存在して作家を支えています。卒業生は企画力とデザインの開発能力があれば独立できると言う環境があります。陶磁器関連企業の就職率は80パーセント台を推移しています。これも現在の日本の業界では稀有なことではないでしょうか。市内の中心街は高級作品取り扱いのギャラリーが益々と増加しています。私は赴任4年目ですが、その様相の発展振りを驚愕の思いを込めて眺めています。

 私は、瀬戸市内の県運営の陶磁器単科の職業訓練施設で長く定年まで勤務しました。例年、修了直後に卒業生を引率して中国国内の陶産地や名窯地を訪問していました。ここ景徳鎮もいつかは日本の陶芸・陶業界を脅かすと凝視し注目してきました。今、当にその現実の姿を日々見ております。飲食器中心から建築ラッシュの勢いで建築資材の生産とフアィンセラミックスに大きく舵を切り始めてもいます。

 関係者によると陶磁器生産高においては広東省・佛山市が景徳鎮市を超えたと言うことを聞きます。私も訪問したことがありますが総合的に様々な発展条件が備わっている感があります。それは物の流れとして沿海側で容易あること、労働人口が得やすい地域性、陶器と磁器が存在していることが考察されます。これは今後の推移を見なければなりませんが。

 景徳鎮市では例年の10月後半に中国景徳鎮国際陶磁博覧会が国・省・市の後援で開催されています。世界各国からおよそ20余ヶ国・4千人を越える来場者で市内は国際色一色となります。博覧会では各国の企業が出展して販売合戦を展開します。かなりの額の販売と契約が結ばれています。日本企業体では九谷と有田が積極的に出展販売して実績を積んでいます。残念ながら瀬戸市の企業はあまり参加しておられません。今年の博覧会では有田町が行政あげてのバックアップにて参加企業が多数とのことです。

中国景徳鎮国際陶磁博覧会

【写真】=中国景徳鎮国際陶磁博覧会

 今や中国は人口の多さと広大な国土の特質での低賃金の労働市場から脱して、購買市場に移行しつつあります。最早、東アジアの拠点は中国からインドネシアに主力企業は移転しつつあります。瀬戸市の陶芸も陶業界も転換期に来ているように思われます。

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