私たちにとっての「東日本大震災」とは

2011/06/01 防災ネット・せと代表 石原昭二

 3・11東日本の地震による大惨事には胸がつぶれる思いでした。

 ふりかえれぱ、平成7年1月17日の阪神・淡路大震災からこのかた、私たちの住むこ の大地ぱ“地震の活動期"に入ったといわれます。

 ちなみに、この10年の間に鳥取県西部地震(H12)芸予地震(H13)宮城県沖地震(H15)宮城県北部地震(H15)十勝沖地震(H15)新潟県中越地震(H16)福岡県西方沖地震(HI7)能登半島地震(HI7)新潟県中越沖地震(H19)岩手・宮城内陸地震(H20)岩手県沿岸北部地震(H20)駿河港を震源とする地震(H21)と毎年のようにM6以上の大地震が発生しました。

岩手県・大船渡市の現状(23年4月27日)
岩手県・大船渡市の現状(23年4月27日)
同立根小学校集まった救援物資(23年4月27日)
同立根小学校集まった救援物資(23年4月27日)

写真提供は、「災害救援ボランティア(防災ネット・せと構成団体)のメンバーの相羽氏。4月25〜27日まで、個人の参加で被災地へ出かけられました。

 さて、私たちの住むこの瀬戸は「地震の揺れもたいしたことはなく、今まで大きな災害もないから、まあ大丈夫」という“安全神話”が流布されています。

 しかし「地震大国・日本」に“安全地帯”はなく、予想外の地震の発生や想定外の被害、未曾有の惨事はこの瀬戸も例外ではありません。

 実際に、災害に直面しなければ本当の怖さは分からない、なにをどうすればいいのか見当もつかない、その戸迷いと不安はよく理解できますが、一方、私たちにいまできることは山ほどあることも確かです。

 “わが家を一時避難所”にするための家屋の耐震工事、“転ばぬ家具が先”の転倒防止、簡易トイレの工夫、3日分の水や非常食の備蓄、貴重品、常備薬なども入った非常持ち出し袋の準備、家族同士の連絡方法を決めておくことなどなど。

 「天災は忘れたころにやってくる」という寺田寅彦の警句は、昭和9年に書かれた随筆にありますが、同じ著書のなかの「文明が進めば進むほど災害はその劇烈の度を増す」という言葉にも注目すべきでしょう。

 現に、便利性や快適さを求めつづけた結果、今回の原発事故の甚大な被害にみられるように、この言葉は高度に発達した現在に住む私たちへの“先見・警告のメッセージ”と受け止めることも大切なことではないでしょうか。

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