せと末広商店街

2009/10/1 末広町商店街振興組合理事長 加藤敬

 大正〜昭和のはじめ、瀬戸陶磁器産業の軒数・規模を拡大し、大勢の従業員を雇用したことにより人口が増えた。当時中心商店街には、映画館・飲食街と娯楽施設が数多くあり休日や仕事帰りに大勢の人が集まり活気づいた。

 末広町商店街も昭和10年〜15年代に第一期ピークをむかえ、昭和15年にメインストリートをコンクリート舗装をし(市内で初)、夕方になると各所に屋台も出現し大勢の人々で賑わったとの話である。

 戦後、陶磁器産業が復興し会社規模が拡大するにあたって集団就職の受け入れ先となり、瀬戸市の人口増にも貢献した。同時に末広町商店街も第二期のピークをむかえ、昭和38年に商業地近代化事業としてアーケードを建設し、更なる発展をした。当時は末広町発展会であったが、昭和45年に末広町商店街振興組合となり、組合店舗数は約100店舗と市内中心地で最大の商店街となる(西末広70m、南北末広50m、東末広200m)。

末広町商店街のアーケード

【写真】=現在の末広町商店街

 昭和48年前後より瀬戸の輸出陶磁器産業が円高により徐々に衰退していき、街に元気がなくなってきたが、昭和49年に商店街はストリートをカラー舗装にして明るく楽しい街づくりを目指した。同時期に店舗改装も多くの店で行われ(現在のフロントはこの時期に改装された店が多い)、大勢のお客様に来商して頂けた。

 平成に入り商業地は消費者ニーズの多様化、車社会の対策遅れ、商業エリアの人口減と、対応が難しい問題で閉店する店が出始めた。平成10年〜15年に掛けて商店街活性化委員会を立ち上げ、危機感を共有し、大勢の消費者に来商願い楽しんで頂ける街づくりを目指したが、なかなか軌道に乗らなかった。平成20年に今までのカラー舗装道路が滑りやすく危ないとの声が上がり、安心・安全の街づくり推進の為に水に濡れても滑らない新カラー舗装をして好評をえる。平成20〜21年に掛けて空き店舗を3店開けることが出来た。

 21年度末までにあと2店舗を開ける事を目標にしている。また、楽しさの創出と少子高齢化に対応すべく組合で立ち上げた、笑いの殿堂「末広亭」で落語、演芸などの企画、商店街ギヤラリーの活用展示、商店街遺産の「松千代館」の利用などを考え、楽しみ・文化・歴史の新しい場所の創出を行っている。

松千代旅館

【写真】=商店街の遺産「松千代館」

 北に深川神社、東に宝泉寺(窯垣の小径)と歴史の散第路に通じ、いろいろな人々に出会える街、毎日利用して頂け、お客様も店主も楽しめる末広町商店街を目指して頑張っています。ぜひ末広町商店街にお出かけ下さい。

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