神社のある風景

2009/07/01 元瀬戸市歴史民俗資料館長 山川一年

 誰もがふる里をもっている。多くの日本人が心に描くふる里の情景は、里山の麓に連なる民家とその前に広がる水田、子供の頃に遊んだ小川や鎮守の森などである。やがて多くの人達がマチバに出て都市生活者になったが、お盆や正月の頃になるとふる里に帰ってくる。それが日本人の原風景である。

 原風景の一つに産土神(うぶすながみ)がある。産土は生まれ育った土地の守り神である。近世以降になると氏神や鎮守の神と同義語となり、郷土の主産業を興した先人も産土に祀られるようになる。瀬戸の産土神は深川神社に祀られる。この深川神社の生い立ちを見てみよう。

 社記によれば、創建は「宝亀二年(西暦771年)勧請申伝候」と奈良時代となっている。参考となるのが境内にある「深川神社古墳」=写真=である。この横穴式円墳は6・7世紀代の後期古墳に属するもので、創建時よりかなり以前のものである。下って10世紀初頭に制定された「延喜神名式」には山田郡19座が載って尾張戸神社・大目神社などと共に「深川天神(あまつかみ)」がある。古代尾張氏の氏神熱田宮の奥院といわれる尾張戸神社は東谷山頂の古墳の上に築かれている。赤津にある大目神社境内にも古墳がある。このことはその土地を拓いた氏族の聖なる墓域と神社の発生とは深くかかわっていたことが分かる。農本国家だったわが国では氏神に春は豊穣祈願を祈り、秋は収穫感謝に詣でた。年中行事も人々の通過儀礼(誕生、結婚式など)もまた共同体の聖地である神社が中心となったのである。

古墳

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