一枚の写真から

2015/03/10

ほぼ毎日顔を見るご参拝者の方とお話をするのは楽しい。年配の方が多いので知らないことをいろいろと教えていただけるのはためにもなる。
先日も、昭和一桁生まれの方から、昭和13年ごろ深川神社、陶彦社の前で撮影された50人ほどの子供と大人数名の集合写真をいただいた。男の子は丸刈り、女の子はおかっぱでたすきをかけている。日章旗、町名の入った日参の旗、提灯も写っている。

「昔は、子どもたちが毎日20人から30人でお参りに来たものだ。
子どもだけではなく町内の大人も交代でついてきて、兵隊さんの無事を祈ったもんだ。雨が降ったら神馬(境内にある青銅の像)の蹄から出て、水がなくて苦しい兵隊さんに届き、水を飲ませてやると言われたなあ」と話され、神社の記録としてとっておきなさいと下さった。

実は、その神馬の像も金属供出で招集され、現在ある像は戦後新しく作られたものだ。戦後70年という節目が様々な角度で取り上げられている。
日本では戦争を知っている世代が減る一方で、今も世界の各地では戦争が日常生活を脅かし、私がこうして無防備にキーボードをたたいている間にも命を落とす人がいるのだろう。人が人を殺すこと、戦があることは、たまにページをめくる古事記の時代から変わらない。

ところで、京都の下賀茂神社の式年遷宮の費用が目標額に満たないので、境内地をマンションの建設に貸し出すという記事を見て、唖然とし、同時にやっぱりそういう時代か、とも思った。寄進する篤志家が少ないのだろうし、地域にお願いするにしても個人の主義主張が異なれば協力を得ることはなかなか難しいだろう。それにしても、所帯が大きいだけにかかる費用も莫大であるからいたしかたないとはいえ、なんとも哀しいことだ。

現代は初詣など行事としてはお参りをするが、神社との精神的な関わり方が希薄なってきている、つまり、生活の中で神の恵みを感じ、自ずから神様を敬うことが少ないと言えるのではないか。
さきの日参団のように子どもを神社にお参りさせることは、軍国主義の流れだったかもしれないが、誰かの無事を祈る子どもの気持ちは純粋で、自然に神様に手を合わせる心が培われていっただろう。そのように心に礎があるからこそ年を取ってからも熱心にお参りをされるのではないかと思う。境内に上がらずとも通りすがりに遥拝されるご老人を見かけると、私はその方に頭が下がる。

平和、無事息災、幸福を祈るとき、たとえ祈りを捧げる対象の神は違えども、祈る気持ちは同じだと思う。真摯に神に向かう心は尊いが、宗教が曲解されると暴走する狂団の拍車となる。こうしたことは、人類が生存する限り続くのだろうか。誰もが幼子のように無心に手を合わせることができるといい。

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