「ねぎさん」と、たまにお年寄りから呼ばれます。 禰宜(ねぎ)は、昔は神主さんの下、祝(はふり)の上の神職です。
「ねぎ」は、祈ぐ(ねぐ)からきています。まぁ祈るのがお仕事です。が、実は、毎日の一番の仕事は、お掃除であります。
それはさておき、時々あれこれとつぶやくのでお聞きください。
3月5日に、瀬戸市埋蔵文化センターの依頼で、重要文化財の狛犬のビデオ撮影が行われた。現在は、宝物殿でガラスのケースの中に入り、倒壊を防ぐための金具が首の周りに、ちょうど首輪のようにあり床から固定されている。しかし、今回は、どうしてもケースから出し、金具を外した姿を撮影したいとの強い要請であった。
狛犬は、左脚がなく、木製の義足が添えられている。また、右足も、人間でいうと膝の下あたりから割れていて、上下に外れる。中は、空洞なので下の部分に木製の芯が入れてあり、それが上の空洞の部分にうまい具合に差し込まれて繋がっているだけである。そして、普段は正面からしか見ることのできないので分からない狛犬の背のほうは、犬がお座りをした姿の後肢に近い部分に亀裂が入っていて脆くなっている。
傷だらけの狛犬である。それにもかかわず、800年近くじっと座っている。
そんな状態の狛犬は、素人が簡単に動かすことなど、無理で無謀なことである。そこで、今回も美術品専門の運送者を依頼してもらった。これまでに狛犬が、他の展示に出張するために運び出される場面に、私も二度立ち会った。その二度とも、作業を見ていていると、どきどきして本当に心配であり、狛犬を乗せたトラックが去っていくのを、まるでわが子を送り出すかのような気持ちで見送ったものである。
また同じ思いをするのかと思うと、朝から胸が悪くなった。しかし、運送業者が到着し、顔を見てちょっとほっとした。以前と同じ人だったからだ。今回は、後継者の指導をする立場とのことで若手がいっしょである。おおよそ地域ごとに担当が決まっており、それぞれの美術品の特徴や梱包時の注意事項などを、一つ一つ丁寧に細かに受け継がせなければならないとのことである。それは、当然であろう。唯一無二のもので、壊れても再生できるものではない。
狛犬も、いくら熟練の同じ人の手によって運ばれるとはいうものの、万一のことが起きないとは言えず、安心はしたが、心臓に悪いことに変わりない。作業は、細心の注意を払い、頭、胴、脚の各部分が衝撃を受けないように、L字型の木枠にそれぞれの寸法に合わせ緩衝材や添え木を固定していく。職人技である。最終的には、狛犬をひょいと抱えて運び出し用意した木枠に納める。
【写真】=狛犬を晒で梱包する美術品専門の運送者
そして、晒を取り出した。以前は、ミイラのようにぐるぐる巻きにしたそうだが、見えないことでかえって損傷させる恐れがあるので、現在は、あえて一部分を見える程度に巻くそうである。「昔ながらの晒を巻くんですね」と、感心して声をかけた。すると「晒よりも、もっと強力なテープを使う方が実際はよいが、晒はお客様への心遣いです。」との答が返ってきた。その心は、運んでいるものは、ただの引っ越しの荷物ではなく、『美術品』であるということを示すためだということである。
宝物殿から無事に運び出し、他の室内で撮影を終え、また先ほどと同じ梱包をして移動させ、元通りに納めるまで午前中いっぱいかかった。ケースの中にいつものように鎮座した狛犬を見て、ほっと胸をなでおろし、「お疲れさま」と心でつぶやいた。長い半日だった。
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