「ねぎさん」と、たまにお年寄りから呼ばれます。 禰宜(ねぎ)は、昔は神主さんの下、祝(はふり)の上の神職です。
「ねぎ」は、祈ぐ(ねぐ)からきています。まぁ祈るのがお仕事です。が、実は、毎日の一番の仕事は、お掃除であります。
それはさておき、時々あれこれとつぶやくのでお聞きください。
茶花としても活けられるドクダミの花は、その名があまりにも気の毒な気がします。薬草として重用されるだけあり、その主成分のおかげの独特の匂いがきついのは事実です。安野光雅氏の画集「野の花と小人たち」には、ドクダミの陰で立小便をする小人が描かれていますが、下水事情の良い今では異なるかもしれませんが、どうもお便所の近くで咲くイメージがあって、白い花の清楚さが勝手な思い込みの不当さを訴えているようにも思えます。
でも、私は、好きな花です。
先日、小学一年生の甥っ子が、まだ小さなかわいらしいドクダミの花を摘んで、私の母、つまり、彼の祖母に「お花、どうぞ」と差し出していました。「ちょっと臭いでしょう」と私が問いかけると、甥っ子はドクダミに鼻先を近づけて「ううん、臭くないよ。お風呂に入れる匂いがする」と答えました。そうかと思い、私も改めて匂いをかぐと「くさっ」と思わず鼻をつまむような異臭とは言い切れません。少々寂しい清涼感のある匂いです。いい香とはお世辞にも言えませんが、臭くはないかもしれません。効きそうな匂いです。
皮膚にも内臓にも力を発揮する十薬(ドクダミ)の効用は、中学時代にニキビ対策でドクダミ茶をせいぜい愛飲しましたから、その有効性は実感するところです。しかし、陶彦社の御垣内にはしっかりと根付いて、毎年闘わなければならない相手でもあります。一度採ったくらいでは枯れずに、再び顔を出す生命力の強さにも参ります。いっそのこと御神域で採れたドクダミとして皆さんにお分けするとたいそう有難がられるのかもしれませんが、なかなか手間がかかりそうです。
そんなドクダミを愛でるのに、川端茅舎の
どくだみや 真昼の闇に 白十字
に優るものはないでしょうが、むしり取りながらも親愛の情を込めて詠んでみました。
薄曇り 白十字の まぶしさが 凛と目にしむ 初夏の朝
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