秋葉の火

2011/09/16

夏を惜しんでか、これでもかと言わんばかりに忙しく蝉が鳴く中を、すいーっと赤とんぼが泳いでいく、いつしか時は移ろう。耳の奥で、ゆうやけ こやけの 赤とんぼ が聞こえてくる。「おわれてみたのは」が「追われてみたのは」だと思っていたのはいつの頃で、「負われて見た」と分かったのがいつの頃かは忘れた。最近は、このような季節と共に心に刻まれる唱歌を知らない子が多いらしい。いささか残念に思う。風物に季節の移り変わりを感じられるとき、日本に生まれてよかったと、つくづく思うねぎどんだから。

アカトンボ

8日、9日は、せともの祭でした。今年は80回の記念行事ということで、平成16(2004)年を最後に途絶えていた松明行列が、市民参加の親子提灯行列として行われた。神社の前にある宮前広場で出発に際しての神事を行った。磁器製の提灯は、行列が通る先々でなかなか評判が良かったと後から聞いた。しかし、提灯に目は行っても、その中を灯す「火」に関心をもった人は、まずなかったでしょう。その火は、ただの火ではないのです。

その火は、マッチで擦った火でもなく、ライターで付けた火でもなく、じゃあ、伊勢神宮のように古式ゆかしく石で火を起こして、と思った方もあるでしょうが、それは、静岡県周智郡の秋葉山本宮秋葉神社に、今回の提灯行列の主催者瀬戸商工会議所青年部の会長、副会長が、片道2時間以上かけていただきに行った尊い火なのです。ご祈祷をしていただいた火をカンテラに入れて車の中を煤だらけにしながら、消えないようにどきどきしながら持ち帰った貴重な種火です。

瀬戸音頭に「瀬戸は火のまち、土のまち」という歌詞がありますが、窯に火が入らなければ、土は焼けません。せともの祭は、窯神社にお祀りされている磁祖・加藤民吉の遺徳をしのぶお祭ですが、民吉翁も秋葉さんを厚く信仰していました。火も土も人間の手では作ることができません。火にも土にもそれぞれに神様がいらっしゃいます。様々な催しでにぎわうことも街の活性化になりますが、祭りの根幹である神への感謝の心を受け継いでいくことを忘れてはならず、そこが祭の心臓部だと思います。

80人の親子行列が汗をかきながら、雑踏の中を30分ほどかけて歩き、最後の最後に97段の階段を上りきり、尊い火を神前まで運んで行ったことを、民吉翁もさぞ満足して眺めていらっしゃったことと思います。

秋葉の火が勢いよく燃えるよう、瀬戸の街も元気になりますように…。

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